| 作者 / written by | Evan Ratliff |
|---|---|
| 訳者 / translated by | 竹田円 |
| リリース年 / year | 2019 |
| 出版社 / published by | 早川書房 |
Original title : The Mastermind: Drugs. Empire. Murder. Betrayal.
副題は “奸智と暴力のサイバー犯罪帝国を築いた男”
サイバークライムというよりリアルなクライムの方が凄まじいが、比較的最近の巨大サイバー犯罪集団についての骨太ノンフィクション
作品レビュー
この本はPaul Calder Le Reux (ポール・コールダー・ルルー) という1972年生まれのprogrammerにして稀代の犯罪者についてのドキュメントといって良い。
しかし、サイバークライムブックとしては、大体7章くらいまでの(ほぼ)違法薬局サービスがCyber Crime関連で、後半は殆どフィリピンマフィアの行動記録で、これをCyCrime Bookと言えるかは少し微妙なところである。でも本自体は面白い。
ポール・コールダー・ルルー, 略してPCLはジンバブエ出身の白人で、2006年頃から当時完全には違法でなかった鎮痛剤を医師がオンラインで処方し薬剤師(薬局)が調剤して顧客(患者)に発送するというサービスを運用、巨額の富を築いたがそれに満足せず、拠点とするフィリピンで賄賂をばらまき警察や行政を抱き込んで法秩序の規制からやや自由な立場で暴力的な組織を開発・拡大していった。…ここまでで史実というこのノンフィクションの題材の凄さを感じる。
世界の各地で事業を展開し、海辺に家を買い、資産を金の延べ棒に変え金庫に保管し、警護と称して武装集団や傭兵を雇い…、と戦争でも始める気なのかと疑いたくなるが実際武装勢力がしそうなことは他国への侵入や自爆テロ以外は大抵行ったくらい手広く活動していく。そして、オンライン違法薬局の次のターゲットはドラッグであり、ご存知世界中のヤバいやつらとわかりあいあと一歩でその世界の支配者になるところまで上り詰めた。と、Evan Ratliffは書いている。
PCLはまるでダークサイドに堕ちたイーロン・マスクのようで、その能力でゼロから帝国を築きつつあったがやはり影の世界で繁栄し続けることはできなかった。
年齢も1つ違いで道の分岐というか、頭脳が突出しても世に受け入れられるか否か、なぜ恐ろしく能力の高い人間が裏社会で生きているのかを知る一つの例として本書を読むことができる。
Total: 19/25
- drive the story, involvement / penetration : 4 すべてがポール・コールダー・ルルーという男についての物語
- technical breakthrough, fresh ideas / hack : 3 サイバークライムも多いがリアル(オフライン)の犯罪も多め
- hacker description / report : 5 まるで小説のようだがtrue hacker (criminal)の物語。組織拡大、ビジネス構築、交渉など… リアルな描写盛り沢山
- gadgets / artifacts : 4 2000年代に実際に使われた機器、技術、手法がずらり。クラウドとブロックチェーンのない時代のサイバー犯罪描写の基本型。
- other cinematic techniques / misc : 3 犯罪ルポルタージュの文体で人物と事件について掘り下げており分かり易いが、当時の技術やIT用語の理解を前提としている箇所も。
これはサイバークライムノンフィクションなのか?
まず、Cyber Crimeについてだが、その手口の技術的な詳細は殆ど書かれておらずあまり評価の加点にはならない。Truecryptのくだりや端末の即時暗号化など興味深かったりまっとうな描写はあるが、”ルルーはとにかくやばいやつ”, “天才だ” というような表現でなんでも説明してしまっている部分はやや薄味。
実際オンラインサービスについては患者と医師と薬剤師をつなげる当時からすると未来的なものだが割と多くの起業家が思いついた内容ではあろう。Easier said than done, と言われればまあそうなんですが。違法でもやるかどうかに踏み込んだところにイノベーター像がうっすら見えるが踏み出した一歩が犯罪というのがbad move。
おそらく他の組織へのサイバー侵入等は行っていただろうがそこは書かれず、話はだんだんofflineの闘いに集約されていく。ソマリアの対海賊ビジネスなどすしざんまいの英雄譚でも語られる話だが、ルルーの部下はかなりの規模で事業展開しようとしていた。サイバークライムについての本なのだがサイバーセキュリティはあまり問題でないように書かれている。
傭兵と21世紀の脱法者たち
それよりも、この物語の重要な要素として傭兵たちが描かれている。
200x – 201x年の時代背景として思い出すべきなのが、アフガン戦争にテロ集団と大国の紛争、そして職を失った軍人・傭兵が多く発生し警備会社等に転職し、更に金で動く犯罪者となる… という構図。そんな元兵士たちのキャリアの変遷がPCLの武装暗殺集団の底流にある。軍や警察から公でない武装組織へ、そしてISISのようなテロ組織や麻薬カルテルの一味などへの接続は極めてリアルで、未だに続いているものだろう。そこでは特殊部隊出身や米兵をトレーニングする立場になった者もいて、金のためとはいえ修羅の道を選び続ける者の宿痾を見出だせずにはいられない。
最後に裏切ったマコーネル、最後まで”wet work”を続けたジョセフ・ハンターなどはPCLだから、IT技術を駆使した犯罪組織のボスだからと従う者たちとは一線を画す。彼ら傭兵たちは独自の基準や哲学を持って生きて死んでいく。これはヤクザとはまた異なる独自の領域で今の日本であまり見られない類の人生(観)だろう。ここは非常に興味深い…。
物語の終わり方としては、FBIとCIAの謀略/作戦によりPCLがついにリベリアの首都モンロビアのホテルで確保される。しかし、そこから先がやはり現実なのでなかなか長く、ルルーは寝返りより多くの関係者の逮捕と引き換えに極刑を免れようとする。結果、傭兵たちなどの犯罪者たちも捕まるわけだが、ボスの支持に従っていた輩を摘発させて減刑を求めるという米国法ならではの展開が待っていた。
その後PCLの刑は2020年6月に確定し25年の懲役が課せられている。
まとめ(こんな人におすすめ)
- ついこの前まで跋扈していたサイバー犯罪組織について知りたい
- 2000-2010年代のインターネット技術とサイバー犯罪の雰囲気に触れたい
- リアルな戦争、紛争、傭兵、そして犯罪集団とサイバーがどう結びつくのかに興味がある
ちなみに英語オリジナル版のカバーもかっこいいのでアイキャッチ画像はそっちにしてます。

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